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TPB~126日目



■痛み

1
ときどき
2

夕方から夜
4


人の痛みは主観的なものだから、私のペインスケールが信じられるのか。ある人にとっての痛みと同等であるかどうかは、わからない。ということは分かっていたつもりだったけど、やっぱり自分はほかの人よりも痛みが酷くないんじゃないか?という不安はいつも持っていた。だから入院をお願いしたとき(初診のとき)もこんな自分でも入院させてもらえるのか不安だった。だけれど、先生も先生の助手(事務局長?)である奥さんも、暖かく迎えてくださった。

だが、震災が起きた。

そんなときに自分だけ、入院治療してよいのだろうか? そういう疑念がすぐにもちあがった。病院からは入院できますよ、という連絡をいただいた(震災後にも関わらず何事もないかのように)が、秋田の従姉と連絡が取れないという理由で、延期、いえ取り消しということで、そのときは治療をあきらめた。

そのときはトラマドールを海外から輸入して1年間それでなんとか、我慢できていたので、それよりも重篤な方だけでも先にどうぞ、という気持ちだった。

だが、その後もう一度連絡してみたら、3人しか待ちがないということだった。主人と相談してそれならいま自分にできることを優先しようと決心して入院を決めた。

しばらくは入院後のベッドで深夜から早朝まで激痛に苦しんでいた。でもナースコールなどするような雰囲気の病棟ではなかった。どうしてだろう? すごく不思議だった。皆さんが、疼痛を昼間のブロック注射と投薬だけでコントロールできていたのだろうか? それとも、私のようにカーテンの中で転げ回っていらしたのだろうか? ぐたぐたに汗をかき、何かクッキーなどを口にして、頓服(ボルタレンぐらいしか持っていなかった)を飲み、それでも効かずにデパスでなんとか眠りに落ちる。そしてまた痛みで目が覚める。

その苦しみが、数週間でなくなった。

ボルタレンも頓服として効くようになった。やはりブロック注射のお陰なんだと思っている。

ここで私は18年間の慢性疼痛を完治させて退院したかった。

ところが、入院して70日たったある日、先生にトリガーポイントを探してもらったら、まだまだあった。物療の先生にも見つけてもらい、自分でも見つけることができた。全然無くならないじゃないか!? 部屋の人にも言ってみたら、何年もかかってできたトリガーポイントなんだから数年かかると思ったほうが気が楽だよと言われた。確かに私は、期待し過ぎ、焦り過ぎているのかもしれない。

最初に先生がおっしゃったように「慢性疼痛」が治る期間など誰にも分からないのだろう。


今は退院に向けてカウントダウンを始めている。薬を整理し、注射を減らし、退院後に備えている。退院後に通院できる病院も探し続けている。最悪、定期的にここに通院するか、東京まで通院するかを考えている。

焦ってはいけないと思うけれど、焦りはなくなってくれない。それは部屋の皆も同じだと思う。気持ちが分かるから、4人で労り合えるんだと思う。明日目が覚めたら痛くなくなっていたらどんなにいいか、皆そう思っている。



今日の病状:手指むくみ■□□□□。
…むくみは5段階評価を黒四角でインジケート、■が多いほど不快です。

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Author:ろば
びまん型全身性強皮症慢性疼痛(筋筋膜性疼痛症候群)双極性障害II型強迫性障害。趣味は習字と実験。

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