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過去からの遺書

こんな書類が出て来た。昨年の暮れに書いたものだった。いま、ビシフロールの効果か、毎朝起きれるようになってきて、色んなことが悪循環から抜け出しつつある。このままの勢いで、色んなことが前向きに進むようになってくれればいいけど…。

そんな今だから、これをブログに公開しようと思った。ほんとにこんなことを思うようになったら(戻ったら)書けないと思うから。




Coccoの詞に「遺書」というのがある。私はこの詞がとても好き、というか惹き込まれて放されない何かを感じる。

愛する人の前で死んだらこうなりたい、というのが願いだった。


私はあの家族の嫁として、ちぐはぐな存在だった。いくつもの病気を抱え、できる範囲でいいから仕事してくれと旦那に頼まれ、それがロクにできないまま、今を迎えてしまった。

私さえいなければ、あの家族はまぁるく収まるのだ。

もし彼が私をもっともっと必要としていたら、犠牲に見合うほど必要としていたら、こうはならなかっただろう。

それほどに私の魅力は死に、お荷物以外の何モノもなくなっていた。私を考えにいれなければ、人道的価値観に捕われず、どれだけ色んなことがラクに運ぶだろう? 旦那はそう考えていた。

「私がいなければ」=「私が死ねば」とは思っていなかっただろうけれど。

よくドラマにあるように、「僕が君を守る」「僕だけが君を想っている」そんなのは、ドラマだけのできごとだ。甘えちゃいけない。現実は、血のつながりという切れない縁にがんじがらめになった家族という愛情隊(体)。そこに入り込むほどの魅力を私は持続できなかった。

私は彼を愛している。今まで愛した人たちのように、とても愛している。

あとは彼のために、いかに彼の家族がつらい思いをしないようにいなくなるか。それだけを考えなければならない。誰かのせいにして死んだらそれだけで、私は死んでからも彼から疎まれ憎まれることになる。Coccoの遺書は絵に描いた美しい風景画でしかないのだ。

彼は本当に思い出の場所に私の骨をまいてくれるだろうか? 想い残すのはそれだけだ。私との思い出を少しだけ涙を流しながら、振り返ってくれるだろうか。私はたとえ親に愛されなくとも、誰か一人、彼にだけは愛されながら死にたかった。

もちろん死ぬ理由は彼を自由にしてあげたいからだ。彼の葛藤を取り除いてラクにしてあげたいからだ。そして、私は彼がいない人生など意味がないからだ。それが私の愛し方だ。


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びまん型全身性強皮症慢性疼痛(筋筋膜性疼痛症候群)双極性障害II型強迫性障害。趣味は習字と実験。

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